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2005年7月19日 (火)

オイラはビートたけし、眞鍋かおり?この国の『ミタテ』文化 

oira

マイルスでっス!!

前回の記事に関して『ミタテって何?』と質問メールを戴いたので補足してみたいと思うっス。

オイラがオイラという一人称を使うのは、眞鍋かおりさんのマネをしたわけではないんだ。

実は、尊敬するビートたけしさんの影響なんス

参考:前回記事 ハッスル11 橋本真也さんへ献花

日本文化に関する参考記事

誰か教えて?フランスと日本の違い

日本の『間』に関する過去記事

オイラがオイラという一人称を使うのは、眞鍋かおりさんのマネをしたわけではないんだ。

実は、尊敬する北野武さんの影響なんです。

                                

もう少し説明が必要なのだが・・・・

                                 

北野武さんがビートたけしというキャラでいるとき(在るとき)、照れ隠しとして、

『ビートたけしという枠』に入るためのキメ台詞として、

『オイラ』を使っていた。

                                          

その『枠づくり』『ミタテ』としての『オイラ』利用法を真似したに他ならない。

オイラ、たけしさんを激しく尊敬している。

たけしさんの天才的な要素は数多くあるのだが・・・・

その中でもズバ抜けて天才的だと感じているのが『ミタテ』の能力だ。

『ミタテ』とは何かに見立てて表現する事であり、他人の想像力に『枠』『世界観』を与えるイメージ喚起方法だといえる。

                               

『クッ!それじゃ、平賀源内だぜ!クッ』

                                         

てな具合に、実際とは違うがイメージ共有できうる範囲で『枠』『世界観』を与える様子を思い出していただければいい。

ポイントは『イメージ共有できうる範囲』で違う『枠』『世界観』に填めるという点だと思う。

この手法自体、この国の特徴的な手法ではないか?とオイラは感じていたりする。

※この国、独自かどうか?は語るに相応しい知識を保有していないため、今研究中であり、現在図書館の本と格闘中につき少々結論をお待ちいただきたい。

いずれにせよ特徴的であることは間違いないと思っている。

いわば、

コンテクト(文脈)を大切にするこの国でイメージの定型化を目指す『言葉遊び』なんだと思う。

そして、

『オイラ』や『俺』『僕』『わたくし』という一人称は『立場』や『役割』や『キャラ』という定型に填め、演じ分けるための『取り決め』みたいなものだと感じている。

これは

I MY ME』という目的に応じて展開する言葉のように合理的ではなく、観念的な文化ならではではないか?と仮説だてていたりする。

この『ミタテ』がこの国には根付いていると思う。

だから、大人でも漫画を読むし、その漫画も世界観に合わせて浸り楽しめるし、あるいは、2chのVIP板なんかで見受けられる『今から、ここだけホワイトベース』などという遊びも受け入れやすい文化になっているのではないか?と思ったりしている。

oira2

で!

肝心の事なのだが・・・

オイラはオイラという語感を非常に愛している。

なぜならば

                     

『僕は犬っころです!』

                  

『オイラは犬っころです!』

                        

という両方から受け取れるイメージの違いを愛すからだ。

そのイメージの違いを信じるからだ。

って

こんな観念的な結論はナイッスネ・・・

でもこれからの時代を導くのは

こういう観念を定型化させたマインドカテゴリーに他ならない

と信じていたりする。

そして、それを今、仕事でも目指している。

                              

ああ、おもろいな!!この国は!!!!

             

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というわけで!

この国の文化をもって他の国で勝負をするのがオイラのライフワークなのであるが・・

参考になるサイトをひとつ紹介しておきたいと思うっス

高校生の頃。

「このうちに相違ないが、どこからはいっていいか、勝手口がなかった」

                                

欧米人は、この言葉の正しい意味を読み取れないと聞いた。

幸田文のエッセイを国語で習ったとき、国語教師が話してくれたのではなかったか?

曖昧な記憶だ。

コンテクストの中の日本文化

という↑コチラのサイトに詳しく触れられていたので、興味のある方はどうぞ!!

他にも、興味深い例を多数ひいてくれているので、『日本文化』に興味のある方は是非

最期まで読まれることをお奨めする。

論文ながら、身体に染み付いたコンテクストを無意識に駆使した文章であり、何度も読み、行間に想いを馳せる必要があるのも面白く感じられた。

                                           

                                         

                                            

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コメント

お久しぶりぶりのカキコでございます☆

あれっすな。
自分のことを『オイラ』という人は、ある意味照れ隠しかなぁ~と。
ある世界(だいたいはネットとか)ではいつもと違う自分を演出してみたいとかそんなんじゃないかと思われます。
あたしも『ワタクシ』とかたまに使いますよ~うんうん。

眠いのでイミフだったらすんまそん。

あ、今更ですがリンクどもです☆

投稿: runa | 2005年7月20日 (水) 14時45分

runaさん
ご無沙汰です。書込み有難うございます。
アカペラ、頑張ってくださいね。
ここのところアカペラ記事が書けていないのですが、素晴らしい音楽であるという想いは変わっていません。
今、勉強中です。(もっとも聴くばかりですが・・)
いずれ、アカペラもしっかりと書きたいと思ってますので、今後とも宜しくお願い致します。

投稿: マイルス | 2005年7月20日 (水) 18時48分

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