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2005年6月 3日 (金)

小野田寛郎さま!オイラが尊敬する風雲児伝②

gw_150 こんにちわ!!マイルスでっス!

風雲児伝!第二弾は小野田寛郎さんです!

先日、NHK BShi ハイビジョン特集 「生き抜く 小野田寛郎」 を見ました。

オイラは正直言って、小野田さんに関しての知識は、あまりありませんでした。

こういった方面に詳しい友人からは

中野学校を出ている事

日本人が失いつつある『恥の文化、秘する事の美徳』を持っている人だから帰国後日本を去ったのだ

という事を聴いていたので非常に興味のある人物ではあった。

しかし、不勉強の極みで、本当に白紙からのスタートといえた。

以下ウィキペディアよりの引用

1922年和歌山県に生まれる。中学卒業後貿易会社に就職し中国に渡り、中国語を習得。現地召集を受けて、1942年、現役兵として陸軍歩兵第61連隊に入隊。転属などを経て、陸軍甲種幹部候補学生に合格、陸軍予備士官学校に入学、卒業後、情報将校を育成する陸軍中野学校二俣分校へ入校、卒業。中国語や英語が堪能だったことから、194412月、「残置諜者」および「遊撃指揮」の任を与えられフィリピンのルバング島に着任。部下とともにゲリラ戦を展開した。

19458月を過ぎても、任務解除の命令が届かなかったことから、二人の部下と共に戦闘を継続し、ルパング島が再び日本軍の指揮下に戻った時のためにジャングルに篭り、情報収集や諜報活動を続けることを決意する。そのため、日本では19459月に戦死公報を出される。地元警察との戦闘で二人の部下を失い最後の数年は一人でジャングルの中で暮らすこととなった。手に入れたラジオや後述する捜索隊が残した日本の新聞や雑誌で日本が経済発展しオリンピックを行えるほどになっていることを知った。しかし彼は、それが日本が勝利しているためだと考えた。またベトナム戦争へ向かう米軍機を見かけると、いよいよアメリカは日本に追い詰められており、大東亜共栄圏はより堅固なものになったと信じた。このように、戦後に彼にもたらされた断片的な情報と戦前に受けた軍事教育の中から彼の中で独自の戦後観を構築してしまったことが、30年近くも降伏をせずジャングルで戦い続ける結果となった(ただし、実は日本の敗戦を知っていた、という見方もある)。

横井庄一の帰国によって、日本兵の生き残りが多数未だに山中に潜伏していることが知られるようになり、小野田の家族や戦友などが中心となり政府を巻き込んだ捜索活動を実施するも発見には至らなかった(後に小野田は捜索隊の存在を認知しており、ジャングルの中に兄の姿を見ていたことを告白している)。このことに触発された日本の青年鈴木紀夫が現地を訪れ、彼と接触することに成功する。鈴木は日本が敗北したことや現代の状況を説明して帰国を促し、小野田も直属の上官の命令解除があれば、任務を離れることを了承する。これにより、ほぼ30年後の1974310日に救出され帰国が実現した。その際に「天皇陛下万歳」を叫んだことや現地住民との銃撃戦によって多数の住民が死傷したことが明らかになったこと、また本当に小野田は敗戦を知らなかったのかという疑問が高まるにつれて「軍人精神の権化」「軍国主義の亡霊」といった批判がマスコミにも現われた。父親との不仲などもあり、大きく変わった日本社会に馴染めず、帰国の半年後に実兄のいるブラジルに移住して牧場経営をすることを決意。帰国後結婚した妻の町枝と共に移住し、10年を経て牧場経営を成功させた。その後、凶悪な少年犯罪が多発する現代日本社会に心を痛めたとして『祖国のため健全な日本人を育成したい』と、『小野田自然塾』を主宰。自らのジャングルでの経験を元に逞しい日本人を育成するとして、講演会やキャンプなどを行い、高齢ながらも日本とブラジルを往復し続けている。

20041217日、日本人で初めてサントス・ドゥモン勲章を受章した。

とにかく『スゴイ人だ』という一言に尽きます。

たとえば、孤島で過ごす過酷な日々の中

『神や仏に頼ることはなかったか?』

という質問に対しての答えはオイラ鳥肌モノでした。

『神には頼らない。しかし感謝の気持ちは忘れなかった。年に一度正月に神棚をつくり、手を合わせてありがとうと感謝をする。今年もよろしくなんていいません。毎日のことは自分たちでやる。宮本武蔵の言葉に[神仏を尊び神仏に頼らず]というのがありますがまさにその通りだ』

サラッと・・・・

そして本物だけが持つ秘めた力強さがその言葉にはありました。

とにかく小野田さんには『自分の力でどうにもならない事をも、真正面から捉えられる強さ』がみなぎっていました。嘆くことなく恨むことなく、決して、自分以外の所為にしない。だからといって自分の力を過信もしないし驕りもしない。

オイラも、前向きでありたいと日々心に言い聞かせているのですが、そんな無理をした姿勢とは根本から違います。

本当に自然体です。

このような姿は『映画や劇画の中で見た武士』以外で、みた事がありません。まさに侍そのものです。

それが本当に自然に朴訥な口調で語られます。

ああ・・もっと素晴らしいヤリトリだらけだったのに・・今日の環境では、リンクも貼れないし限界みたいです。

残念、今日はここまで

6月25日に再放送があるようです。

中村獅童さんによってのドラマも決定しましたし、見逃した方は、ぜひとも見てください。

良い環境のところでリンクとか紹介させていただきます。

というわけで!つづく!

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